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日本の交響楽運動の父

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日本の交響楽運動の父

オーケストラ黎明期に指揮を志ものは、オーケストラそのものを手探りで一から組織せねばならなかった。その困難な仕事に敢然と立ち向かった最初の日本男児が山田耕筰でした。「赤とんぼ」や「からたちの花」などの歌曲の作曲家として、現在は親しまれています。山田がオーケストラを立ち上げたのは大正14年である。ドイツ帰りのかつての門下生、近衛秀麿とともに「日本交響音協会」を創設したのだ。国内最初のレコード昭和10年に新響を振ったベートーベンの交響曲第5番「運命」を聴くと、山田と新響のレベルの高さに驚かされ、日本の交響楽運動の父」と仰がれることが納得されるのである。挫折を繰り返しながらも夢の実現に向けて刻苦奮闘し、それなりの成果をあげたことが、作曲と並ぶもう一つの大きな業績である。

2015/11/24 10:56:35